間宮祥太郎は始球式で139キロ?野球を8年間やっていた!

俳優

今回は俳優の間宮祥太郎(まみやしょうたろう)について書いていきたいと思います。

始球式139キロ!!

タイトルにもある通りですが間宮祥太郎が始球式で139キロを投げたと話題です。間宮祥太郎といえば今人気急上昇中の俳優として知られていますが、今回はこのことについて記事にしたいと思います。

間宮祥太郎 始球式

7月23日に甲子園球場で行われた阪神対DeNAの始球式で俳優の間宮祥太郎が始球式を務め139キロの球を投げました。2018年のプロ野球の平均の球速は143.6キロですから間宮祥太郎は球速だけなら十分プロ並みだと言えます。このプロ並みの投球が球場の表示板に表示され観客席にいたファン達も思わず歓声を上げました。ただの若い俳優だと思っていたら剛速球を投げるなんてびっくりしちゃいますよね!!

今回の始球式での球速は正式な記録などはないようですが芸能人最速ではないかとも言われているようです。

ゴールデンボンバーの樽美酒研二は2018年6月27日の西武対オリックスの始球式で135キロを記録しました。見た目こそアレ(笑)ですが本格的にやっていただけあり野球の腕前は相当な物のようです。

他にもダンス&ボーカルグループのEXILEやGENERATIONSの関口メンディーが2018年の6月5日巨人対楽天の交流戦の始球式で133キロを投げました。関口メンディーに至っては見た目は完全にプロ野球選手にしか見えませんし、その見た目から、助っ人外国人(笑)とまで言われていました。大学へは野球で推薦を受けたかったようですが技術が及ばす野球をきっぱりと辞めたようですが、高校生まではやっていたようです。関口メンディーは身体能力もプロ野球選手と比べても申し分なかったようです。間宮祥太郎はこの二人を抑え、芸能界最速になったようです。樽美酒研二は幼少期からプロを目指し高校へも野球の推薦で入学したこともあり野球に関しては筋金入りですし、関口メンディーはスポーツ男子頂上決戦で3度優勝するなど体育大学へ在籍していた肉体派としても知られます。この二人を抑え間宮祥太郎が新記録を作り、この記録に対し間宮祥太郎は

夢のようですね。自分本来の仕事とは別の喜びで。まさか甲子園で始球式ができると思っていなかった。最高の気分ですね

浮いちゃったなと。ストライクを投げたかったんですけど、久しぶりにマウンドに上がって、ちょっと力んだかなと思います

真摯な態度で大記録ですが反省点も口にするなど非常に謙虚のようです。自身のツイッターでも、

大記録であるにもかかわらず次の機会を求める向上心の高さや思いは人一倍のようです。この記録の裏には色々な思いがあったようで、間宮祥太郎は他人の始球式の記録を見るたびに「お!」と思うことがあったらしく、特に関口メンディーの133キロには人知れず対抗心を燃やしていたそうです。

始球式の約1カ月前の2019年6月11日の自身の誕生日に始球式で投げることが決まった際に目標として「125キロは超えたい。」とコメントし、ドラマ「べしゃり暮らし」の撮影の合間に肩を作っていたようです。当初は125キロでるかなぁ~と心配していました。始球式当日も練習ではストライクゾーンへ球は入っていましたが1球しか投げられない中で、マウンドの状態や熱狂的な野球ファンの大観衆の前でどういう精神状態で投げられるかとても不安だったようですが、「頑張ります」という意気込みと共に見事芸能人最速の139キロという記録を作りました。この記録の裏には地道な練習や色々な葛藤があったんですね。ネット上では

凄いな!!
中3まで投手やってても今出せるスピードじゃないな!

球場の球速表示は139キロ
凄いな!
本格的な練習したら…

普通に139㎞は凄いね!

「投球前に深々とお辞儀しているのが好印象だった! 場所が甲子園ということもあって、高校球児みたい(笑)」

「速い球を投げるだけでなく、礼儀正しいところがポイント高い。身も心も高校球児だわ」

139は才能も無ければ絶対に出せない
中学で辞めていなければプロも目指せたのでは。
イケメンで実家が金持ちで偏差値も高くて俳優で運動神経もあるとか…天は何物を与えたんだ

ネットでは球速だけでなく間宮祥太郎の所作についてもほめる声が多いようです。コメントにもありますがイケメンで高身長お金持ちで頭もいいのでまさしく完璧超人のようです。高校の偏差値は66ですから、勉強もとてもできるようです。またそれをひけらかさないという所も間宮祥太郎のカッコいい所のようです!!ちなみに字がかなり上手いことや共演者やスタッフなどからとても礼儀正しいともいわれており、育ちの良さなども感じさせるようです。間宮祥太郎に欠点はないんでしょうか?(笑)。

間宮祥太郎の高校時代は菅田将暉と一緒?噂では中退してる?
今回は俳優のこう祥太郎(まみやしょうたろう)について書いていきたいと思います。

間宮祥太郎は野球少年?!

間宮祥太郎は小学校1年生から中学2年生までの8年間、野球をやっていたようです。爽やかな好青年のイメージですからスポーツ少年というのは少し意外ですね。坊主頭のイメージはありませんね。次は野球少年だったところを見ていきたいと思います。

間宮祥太郎 野球

間宮祥太郎は8年間野球をやっていて、ポジションはピッチャーだったようです。イケメンでピッチャーまるで漫画の主人公のようですね。さぞモテそうですが中学高は残念ながら男子校だったみたいで野球一筋だったようです。ひいきの球団は神奈川県横浜市出身の生まれも育ちも関東のようですが阪神ファンみたいです。中学校は私立の法政第二中学校へ進学しています。間宮祥太郎は野球をやるためにこの中学校へ進学をしたようで、この中学には軟式野球部の他に中学では珍しい硬式野球部もあり、そちらに在籍した可能性もありそうです。野球部では先輩と仲が良かったようで、

「野球が好きで中学生のとき、野球部に所属していました。だから、チームでやるスポーツが好きです。僕は先輩と仲良くなれるタイプで、先輩にどうしたらウケるかっていうことばかり考えて、部活に臨んでいました」

と話しておりお調子者の一面もあったようで、野球に青春をかけていた野球少年だったようですね。中学校の野球部の思い出に関しては

「野球部ってスタミナが大事じゃないですか。グラウンドを40周とか走るんですけど、そのとき3年の先輩を追い抜いて負かすのが快感で。普段、大きいことを言う先輩たちに「お前、すげーな!」って認めてもらいたかった記憶があります(笑)」

とも話しています。上下関係がある中で生意気なところがあっても先輩と仲良くいられることもすごいですし、認めてもらいたいという承認欲求の強さなども俳優として活躍している今を考えるとそれが俳優として成功している秘訣なのかもしれませんね!!

しかし練習はかなり厳しかったようで同学年の部員がどんどん減っていってしまい間宮祥太郎の学年の部員は間宮祥太郎一人だけになってしまったようです。一人になっても「間宮先輩がいるなら、入ってみようかなと思われる先輩にならないと、と思って部活を頑張っていました」と当時の思いをインタビューで語っていますが、

野球に関しては熱心なチームメイトに比べると「自分にはそこまでの情熱はない」と考え、中学2年生の途中で野球部を退部したようです。小学生の時から8年間も野球に打ち込んでいたのでさすがにこの時は「ぽっかり胸に穴が開いたような気分」だったそうです。

そんな時にファッション誌のHana* chu→(ハナチュー)で読者モデルを務め、この時は本名の馬渡祥太郎(まわたりしょうたろう)だったようです。

読者モデルでしたが雑誌内で特集が組まれるくらい人気を集めていたようでそれがプロデューサーの目に留まり、その知り合いの芸能事務所の勧めで事務所に入ったようです。俳優として生きていきたいと思っていたわけではなく映画が好きだった間宮祥太郎は将来は映画関係の仕事に就きたいと思っていたことから事務所に所属して俳優になったほうが「映画業界に近づくかな」と考えてのことだったようです。表の仕事が合わなくてもそこで見られるもののほうが大きい、何もない状況よりは近づける失うものがない中学生だったことも積極的に行けた要因だったようです。中学生の時にそういった決断ができるというのは頭もとてもいいようです。野球がなくなった穴を俳優への活動することに情熱を向けたようですね。

中学生のころから事務所に所属し役者として数多くの作品に出演しているのには野球に打ち込んでいた8年間もの情熱の強さというのもあるのかもしれませんね。間宮祥太郎についてのまとめでした。最後まで読んでいただいてありがとうございます。

コメント