佐々木蔵之介の実家は酒蔵の佐々木酒造!兄弟とは仲が悪い?!父親からは勘当!

俳優

ドラマや映画、舞台で多くの

場で活躍している俳優の佐々木蔵之介。

佐々木蔵之介の実家は京都洛中の

造り酒屋というのは有名です。

今回は佐々木蔵之介の実家である酒蔵や

父親や兄弟とのエピソードに

ついてまとめました。

 

佐々木蔵之介の実家

佐々木蔵之介の実家は

創業130年を超える

老舗の酒蔵の『佐々木酒造』です。

 

(画像引用:http://tokyobentolife.com/event/sasakishuzou)

 

現在、佐々木酒造の社長の

4代目は佐々木蔵之介の

3人兄弟の末っ子である弟の

佐々木晃さんが跡を継いでいます。

 

佐々木酒造のお酒がこちらです。

 

(画像引用:http://e-sake.org/sasaki-syuzou)

 

佐々木酒造のお酒は

全国新酒鑑評会で金賞を受賞しています。

味は文句なしのようです。

兄弟

上の兄達が跡を継ぐことを拒否したため

嫌々跡を継いだそうで佐々木酒造の

公式サイトでは『ごあいさつ』の部分で

その不満をぶちまけています。

 

私は男3人兄弟の末っ子で、

まさか酒屋を継ぐことになるとは

思っておりませんでした。

 

上の兄は

「飲んで無くなってしまうものを造るのはいやだ」

と言って建築の道に進んでしまい、

二番目の兄が跡を継ぐべくして、

神戸大学の農学部に行ってバイオテクノロジーの

研究や酒米の研究っていうテーマで卒論書いたりして、

着々と酒造家の道を歩んでいたのですが、

突然「俳優になる」と言って出ていってしまいました。

 

いつも自己紹介のところで佐々木酒造です、

と言ってもあまり皆さんご存じない感じなのですが、

最近は俳優の佐々木蔵之介の弟です、

というと結構知ってくださる方があって、

うれしいような複雑な気分です。

まあ、そんなことで、

大学では中国文学科だった

私が嫌々酒屋を継ぐことになったわけです

引用:http://jurakudai.com/company/

 

自社の公式トップページで

社長が嫌々継いだと書いているのは

とても珍しいのかもしれません。

ネット上でもユニークだと話題に

なったようで中々個性的な人のようです。

 

こちらが佐々木蔵之介の弟である

佐々木酒造4代目の佐々木晃さんです。

 

(画像引用:http://mattari55555.seesaa.net/article/427135254.html)

 

やっぱり兄弟だけあってどことなく

佐々木蔵之介に似ていますね。

佛教大学の文学部で中国文学科卒業し、

25歳のときに産業機械販売会社を退職して

佐々木酒造に入社したそうです。

 

始めの内は、

 

そのうち兄が諦めて戻ってくると思い、

自分は留守番のつもりで家業に就きました

 

まさか俳優として成功するとは

思っていなかったようですし

軽い気持ちで跡を継いだようですね。

 

佐々木蔵之介のお兄さんは

年齢は一つ上で学歴は出身大学は

東京大学卒業のとても優秀な兄がいます。

職業は建築士で、飲んで無くなってしまう

お酒が造りたくないと跡を継がなかっただけあり

はっきりと形になる職業を選んだようです。

 

兄2人に色々と不満をこぼしており

不仲なのかな?とも思いましたが

実のところは・・・

 

(画像引用:https://search.yahoo.co.jp/image/search;_ylt=A2RCL5eJ7y5eQHsAiw.U3uV7?p=%E4%BD%90%E3%80%85%E6%9C%A8%E8%94%B5%E4%B9%8B%E4%BB%8B+%E4%BD%90%E3%80%85%E6%9C%A8%E6%99%83&aq=-1&oq=&ei=UTF-8#mode%3Ddetail%26index%3D36%26st%3D1312.727294921875)

 

色々と言ってますが、

いつも兄2人は商売を

気にかけてくれていますし、

助けてもらってばかりです

引用:https://news.livedoor.com/article/detail/15416055/

 

決して不仲であったり、

晃さんが跡を継がなかった

2人の兄の事を嫌っているということも

無いようですね。

 

末っ子の3男が跡を継ぎましたが

跡を継がなかった2人も家業をできることで支え

3人で助け合っているといるので3人で継いだとも

言えるのかもしれません。

 

晃さんも

 

蔵を離れてもいつも気に掛けてくれる

2人の兄とは一緒に蔵を守っていると感じています

引用:https://www.sankeibiz.jp/econome/news/140412/ecc1404121804001-n2.htm

 

これからも兄弟3人で蔵を守っていきます。

ともコメントしており兄弟の絆の強さが感じられます!!。

佐々木蔵之介の兄弟はとても仲の良い兄弟でした。

父親

 

画像引用:http://otaku-son.hatenablog.com/entry/2015/10/21/120000

 

佐々木酒造の3代目である

佐々木勝也さんはとてもは厳格な方のようで

仕事でも家庭でも厳しかったようです。

 

近隣住民によると子供達が悪さをすると、

家の蔵に閉じ込めて反省させるような人で、

子供は3人とも礼儀正しくて勤勉で、

優秀に育っていったようです。

 

佐々木蔵之介は父親については

 

「生真面目で、厳しい父でした。

夕飯ができあがっていても、

帳簿が終わるまでは絶対に

食べさせてはくれませんでした。

 

小さい頃はいつも、“はよ食べたい、

はよ仕事終わって”と思っていました。」

引用:https://www.news-postseven.com/archives/20161020_458743.html

 

とても厳しく律儀な人だったようです。

そのかいあってか息子たちは立派に育っていますね。

 

(画像引用:https://entertainment-topics.jp/21926)

 

長男が跡を継がなかったため

次男の佐々木蔵之介が跡継ぎになることを

決意し、神戸大学の農学部に進学します。

そこでバイオテクノロジーや酒米の研究に励み

卒業後は宣伝や販売のノウハウを学ぶために

広告代理店に就職します。

 

しかし、

学生時代に軽い気持ちで入った演劇サークル

で演じることの面白さに目覚めてしまい

新しい劇団の立ち上げにかかわるなど

舞台活動にハマり、就職後もアフター5に

芝居の活動をしていました。

 

そうした時に東京の有名な劇団から

出演オファーが届き舞台に出演するためには

稽古などを含め3カ月以上も拘束されるため、

仕事をつづけながらというわけにはいかず

芝居か家業かという人生の岐路に立ちます。

 

そして会社を辞め、

役者として生きていくことを決めて

酒蔵を継ぐことを諦めることを

佐々木酒造の3代目である父親に

自らの決意を伝えます。

 

「長男は建築の道に進んだため、

次男の蔵之介さんが後を継ぐものと

本人も周囲も思っていました。

 

お父さんは

『神戸大学の農学部に入って、

醸造のことを勉強してるんや』と、

蔵之介さんのことをうれしそうに話していたんです。

それが突然、蔵之介さんが役者になると言い出して……。

もちろん、お父さんは大反対。

周囲には何も言わなかったけれど、

とても寂しそうでしたね

引用:https://jisin.jp/entertainment/entertainment-news/1667314/

 

ようやく跡を継いでくれると思った息子が

芝居をやりたいと言われれば激怒するのも

無理はないですが・・・・。

 

お父さんはこの時

 

何のために大学へ行かせたと思っとるんや

引用:https://www.sankei.com/life/news/181221/lif1812210005-n1.html

 

と激怒したようです。

 

(画像引用:https://matome.naver.jp/odai/2140290451607619301)

 

この時の佐々木蔵之介の気持ちは、、、

 

僕が“役者で生きていく”と言った時、

父は落胆し、心底悲しんでいました。

父を裏切ってしまった…。そう思いました(後略)

引用:https://www.news-postseven.com/archives/20161020_458743.html

 

自分のやりたいことで父の思いを汲むことの

出来ない胸中にはつらいものがあったようですね。

 

そして佐々木蔵之介が勘当同然になり関係が断絶します。

 

親子の断絶は2年間にも及び、

父親は跡継ぎを3男の晃さんに任せ、

佐々木蔵之介には出入りも許さず

近所には役者をやっていることも

黙っていたそうです。

 

母親が父を説得していたこともあって

役者を続けていた佐々木蔵之介が

NHKの連続テレビ小説の『オードリー』に

出演したことをきっかけに和解に至ります。

 

(画像引用:https://www2.nhk.or.jp/archives/jinbutsu/detail.cgi?das_id=D0009070327_00000)

 

「この時の勝也さんの喜びようはすごかった。

店内に『オードリー』のポスターを

いっぱい貼っていましたから。

 

それを見て、近所の人が、

“あれは佐々木さんとこの息子さんだったのか!”

と気づいてね。

お父さんは本当に嬉しそうでした」(前出・近所住民)

 

当時、勝也さんは『オードリー』

という日本酒を期間限定で販売し、

佐々木酒造創業以来の

大ヒット商品になった。

 

蔵之介も時間を見つけては実家に

帰るようになり、

共演者に佐々木酒造の酒を配るのが恒例になった。

引用:https://www.news-postseven.com/archives/20161020_458743.html/2

 

2年間にわたる父子の断絶を経て

ようやく関係を修復できたようです

 

佐々木蔵之介が言うには

連続テレビ小説の『オードリー』に

出演したことがきっかけではなく、

『オードリー』という酒が創業以来の

大ヒット商品になったことが

親子の和解のきっかけに

なったと話しています。

 

役者として成長したからではありませんよ。

実は朝ドラに合わせて佐々木酒造で

「オードリー」という期間限定の

お酒を造ったんです。

 

私が広告代理店時代の

ノウハウを生かしてパッケージを考え、

番組のポスターと一緒に酒販店に

持っていきました。

 

放送がお歳暮の時期と重なったこともあり、

創業以来の大ヒット商品になりました。

それで和解。

売り上げに貢献したからなんです(笑)。

引用:https://www.sankei.com/life/news/181221/lif1812210005-n1.html

 

照れでしょうか(笑)。

素直に離れないのかもしれませんね。

 

佐々木蔵之介が大学時代に演劇に

ハマってしまった原因には

父親の勝也さんが人前で話すことが

苦手だったので、

子供たちにはそうなってほしくないと

常々言っており、その言葉を覚えていた

佐々木蔵之介は自身の人見知りする

性格を直そうと思い演劇を始めました。

 

父親の勝也さんは

佐々木蔵之介が俳優を志した時には

「道を誤った」と落胆し、また激怒しましたが、

自分の言った言葉が影響を与えていたことも

あって責任を感じており勘当するに

至ったのかもしれませんね。

 

芸名の佐々木蔵之介も父親が

大学時代に演劇のサークルで

先輩から新人公演の時に使う

名前を聞かれて悩んでいた時に

「蔵が家にあるから『蔵之介』

とお父さんが命名した名前でした。

 

関係を修復した後にはcmで

親子共演も果たしています。

 

デュトロ ハイブリッド CM

 

2016年に父の勝也さんが胃がんで急逝しました。

 

肺がんと肺気腫を患い、入退院を繰り返します。

 

俳優業が多忙な佐々木蔵之介ですが、

家の前で車いすを押す佐々木蔵之介の

姿を近所の人たちが時々見かけ、

入院後は仕事の合間に京都まで

お見舞いに何度も通い、できる限り

父の看病にあたりました。

 

夜中に東名高速を飛ばして自ら運転して

勝也さんが入院する京都の病院に駆けつける

こともしょっちゅうだったようです。

 

晩年の勝也さんは酸素ボンベが手放せず、

退院時でも自宅から出ることは

ままならなかったようで

 

「蔵之介さんの舞台を見に行くこともできなくなって。

観劇したという知人に会うたびに、“どうでしたか?

息子はうまいことやってましたか?”って聞くんです。

いつだって息子さんのことを気にかけていました」

引用:https://www.news-postseven.com/archives/20161020_458743.html/2

 

最後まで息子のことを気にかけていたようですね。

 

佐々木蔵之介は仕事で海外から帰国した

直後に父の容体急変を受けて

最後の時は看取ることができたようです。

 

(画像引用:https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20200126-00010000-otocoto-movi)

 

告別式の弔辞で、佐々木蔵之介は

晩年の父子関係をこう表現しています。

 

「幼い頃に肩車してくれた

あなたの背中を私がさすり、

“熱はないか”とおでこに当ててくれた

あなたの額に、私が同じように

おでこを当てるのです。

 

病気になったことで、

私と父の関係はより強く結ばれました

引用:https://www.news-postseven.com/archives/20161020_458743.html/2

 

関係が断絶したこともありましたが

最終的には、お互いに強く思いあう

関係になっていたようですね。

 

(画像引用:http://nonindependent59.rssing.com/chan-37654176/all_p2.html)

 

佐々木蔵之介は

雑誌のインタビューで

父と自分について共通点を語っています。

 

酒も、じっくりと発酵させ、

そこから幾つもの工程を積み重ね、

時には失敗もあって、

それを乗り越えた先にようやく

美味いと思えるものができる。

 

そう考えると、

酒造りに一生を注いだ父の生き方は、

僕が理想とする役者人生そのものなんです》(『週刊現代18年1月13日号』)

引用:https://jisin.jp/entertainment/entertainment-news/1667314/

 

父親の生き方が自分が目指す

理想と言われるのは父親冥利に尽きますね。

 

一時は跡継ぎから勘当までされ

た佐々木蔵之介でしたが父と子や兄弟は

とても強い絆で結ばれているみたいですね。

最後まで読んでいただいてありがとうございます。

佐々木蔵之介についてのまとめでした。

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