間宮祥太郎は始球式で139キロ!芸能界最速は誰だ?野球を8年間やっていた!

俳優

タイトルにもある通りですが間宮祥太郎が

始球式で139キロを投げたと話題です。

間宮祥太郎といえば今人気急上昇中の

若手の俳優として知られていますが、

そのことについてまとめたいと思います。

 

間宮祥太郎の始球式!

 

(画像引用:https://news.mynavi.jp/article/20190724-864453/)

 

7月23日に甲子園球場で行われた阪神対

DeNAの始球式で俳優の間宮祥太郎が

始球式を務め、139キロの球を投げました。

 

【2019 阪神タイガース ウル虎の夏】間宮祥太朗さん ファーストピッチング 139キロ 芸能人最速!! 2019.7.23

 

 

 

 

2018年のプロ野球の平均の球速は

143.6キロなので間宮祥太郎は

球速は十分プロ並みだと言えます。

 

(画像引用:https://www.nikkansports.com/baseball/photonews/photonews_nsInc_201907230000753-1.html)

 

このプロ並みの投球が球場の表示板に

表示され観客席にいた野球ファン達も

思わず歓声を上げたようです。

 

会場の歓声もすごかったですし、

始球式でここまでの歓声が上がることは

そうそうないので間宮祥太郎さんの投球

の凄さがわかりますね!!。

 

今回の始球式での球速は

正式な記録などはないようですが、

芸能人最速ではないかとも言われているようです。

 

(画像引用:https://www.sanspo.com/geino/photos/20180628/geo18062805010017-p2.html)

 

ゴールデンボンバーの樽美酒研二は2018年

6月27日の西武対オリックスの始球式で

135キロを記録しました。

 

【芸能人最速!】樽美酒研二、始球式で135キロを計測!

 

見た目こそアレですが(笑)、

本格的にやっていただけあり

野球の腕前は相当な物のようです。

 

 

他にもダンス&ボーカルグループの

EXILEやGENERATIONSの

関口メンディーが2018年の6月5日

巨人対楽天の交流戦の始球式で

133キロを投げました。

 

EXILE 関口メンディー 始球式で133kmの剛速球 / プロ野球 ハイライト

 

関口メンディーに至っては見た目は

完全にプロ野球選手にしか見えませんし、

その見た目から、助っ人外国人(笑)とまで

言われていたようです。

 

大学へは野球で推薦を受けたかったようですが

技術が及ばす野球をきっぱりと辞めたようですが、

高校生まではやっていたようです。

 

間宮祥太郎は以上の二人を抑え、

芸能界最速になったようです。

 

樽美酒研二は幼少期からプロを目指し

高校へも野球の推薦で入学したこともあり

野球に関しては筋金入りですし、

関口メンディーはスポーツ男子頂上決戦で

3度優勝するなど体育大学へ

在籍していた肉体派としても知られるので

本当にすごいことがわかりますね。

 

(画像引用:https://news.mynavi.jp/article/20190724-864453/)

 

この二人を抑え間宮祥太郎が

新記録を作ったことに対しては、

 

夢のようですね。自分本来の仕事とは

別の喜びで。まさか甲子園で始球式が

できると思っていなかった。最高の気分ですね

 

浮いちゃったなと。ストライクを

投げたかったんですけど、久しぶりに

マウンドに上がって、ちょっと力んだかなと思います

引用:https://dogatch.jp/news/ex/expost_65751/detail/

 

とても真摯な態度で、大記録でしたが、

反省点も口にするなど非常に謙虚のようです。

 

自身のツイッターでも、

 

 

大記録であるにもかかわらず次の機会を求める

向上心の高さや思いは人一倍のようです。

 

この記録の裏には色々な思いがあったようで、

間宮祥太郎は他人の始球式の記録を見るたびに

「お!」と思うことがあったらしく、

特に関口メンディーの133キロには

人知れず対抗心を燃やしていたそうです。

 

 

 

始球式の約1カ月前の2019年6月11日の

自身の誕生日に始球式で投げることが決まった際に

目標として「125キロは超えたい。」とコメントし、

ドラマ「べしゃり暮らし」の撮影の合間に

肩を作っていたようです。

 

当初は125キロでるかなぁ~と心配していました。

始球式当日も練習ではストライクゾーンへ球は

入っていましたが1球しか投げられない中で、

マウンドの状態や熱狂的な野球ファンの

大観衆の前でどういう精神状態で

投げられるかとても不安だったようですが、

 

頑張ります」という意気込みと共に

見事芸能人最速の139キロという記録を作りました。

 

この記録の裏には地道な練習や色々な葛藤があったようです。

 

ネット上では

 

凄いな!!
中3まで投手やってても今出せるスピードじゃないな!

球場の球速表示は139キロ
凄いな!
本格的な練習したら…

普通に139㎞は凄いね!

 

「投球前に深々とお辞儀しているのが好印象だった!

場所が甲子園ということもあって、高校球児みたい(笑)」

 

 

「速い球を投げるだけでなく、

礼儀正しいところがポイント高い。身も心も高校球児だわ」

 

 

139は才能も無ければ絶対に出せない
中学で辞めていなければプロも目指せたのでは。
イケメンで実家が金持ちで偏差値も高くて俳優で

運動神経もあるとか…天は何物を与えたんだ

 

立ち振る舞いに関しても、

ほめる声が多いようです。

コメントにもありますがイケメンで高身長

お金持ちで頭もいいのでまさしく完璧超人のようです。

 

高校の偏差値は66ですから、

勉強もとてもできるようですで、

またそれをひけらかさないという所も

間宮祥太郎のカッコいい所のようです!!

 

ちなみに字がかなり上手いことや

共演者やスタッフなどからとても

礼儀正しいともいわれており、

育ちの良さなども感じさせるようです。

 

間宮祥太郎に欠点はないんでしょうか?(笑)。

 

間宮祥太郎の高校時代は菅田将暉と一緒?噂では中退してる?
間宮祥太郎(まみやしょうたろう)についてのまとめ。間宮祥太郎の高校時代は?菅田将暉と高校が一緒?!高校を中退した?!

 

間宮祥太郎は野球少年?!

(画像引用:https://spaia.jp/column/baseball/npb/5468)

間宮祥太郎は小学校1年生から

中学2年生までの8年間、

野球をやっていたようです。

爽やかな好青年のイメージですから

スポーツ少年というのは少し意外ですね。

坊主頭のイメージはありませんが、

次は野球少年だった頃を見ていきたいと思います。

間宮祥太郎 野球

間宮祥太郎は8年間野球をやっていて、

ポジションはピッチャーだったようです。

 

 

イケメンでピッチャー、

まるで漫画の主人公のようですね。

さぞモテそうですが中学高は残念ながら

男子校だったみたいで野球一筋だったようです。

 

ひいきの球団は神奈川県横浜市出身の

生まれも育ちも関東のようですが

阪神ファンみたいです。

 

中学校は私立の法政第二中学校へ進学しています。

間宮祥太郎は野球をやるためにこの中学校へ

進学をしたようで、

この中学には軟式野球部の

他に中学では珍しい硬式野球部もあり、

そちらに在籍した可能性もありそうです。

 

(画像引用:http://hanaflowerblooming.com/syotaromamiya)

 

野球部では先輩と仲が良かったようです。

 

「野球が好きで中学生のとき、

野球部に所属していました。

だから、チームでやるスポーツが好きです。

 

僕は先輩と仲良くなれるタイプで、

先輩にどうしたらウケるかっていう

ことばかり考えて、部活に臨んでいました」

 

と話しており、お調子者の一面もあり

野球に青春をかけていた野球少年だったようですね。

先輩にもかわいがられていたようです。

 

中学校の野球部の思い出に関しては

 

「野球部ってスタミナが大事じゃないですか。

グラウンドを40周とか走るんですけど、

そのとき3年の先輩を追い抜いて負かすのが快感で。

普段、大きいことを言う先輩たちに

「お前、すげーな!」って

認めてもらいたかった記憶があります(笑)」

 

上下関係がある中で生意気なところがあっても

先輩と仲良くいられることもすごいですし、

認めてもらいたいという承認欲求の

強さなども俳優として活躍している

今を考えるとそれが俳優として

成功している秘訣なのかもしれませんね!!

 

しかし、練習はかなり厳しかったようで

同学年の部員がどんどん減っていってしまい

間宮祥太郎の学年の部員は間宮祥太郎

一人だけになってしまったようです。

 

間宮先輩がいるなら、入ってみようかなと

思われる先輩にならないと、

と思って部活を頑張っていました

 

と学年で一人になってしまった時の

当時の思いをインタビューで語っていますが、

野球に関しては熱心なチームメイトに比べると

自分にはそこまでの情熱はない」と考え、

中学2年生の途中で野球部を退部したようです。

 

(画像引用:https://blog.goo.ne.jp/morinagaitiko/e/f49ac8e2142f6b8d2286df104de36a6b)

 

小学生の時から8年間も野球に

打ち込んでいたのでさすがにこの時は

ぽっかり胸に穴が開いたような気分

だったそうです。

 

そんな時にファッション誌の

Hana* chu→(ハナチュー)

で読者モデルを務めます。

 

この時は本名の

馬渡祥太郎(まわたりしょうたろう)で

雑誌デビューしました。

 

(画像引用:https://twitter.com/0105shine/status/887156650825482240)

 

読者モデルでしたが雑誌内で特集が

組まれるくらい人気を集めていたようで

それがプロデューサーの目に留まり、

その知り合いの芸能事務所の勧めで

事務所に入ったようです。

 

俳優として生きていきたいと

思っていたわけではなく映画が好きだった

間宮祥太郎は将来は映画関係の仕事に就きたい

と思っていたことから事務所に所属して

俳優になったほうが「映画業界に近づくかな」と

考えてのことだったようです。

 

表の仕事が合わなくてもそこで

見られるもののほうが大きい、

何もない状況よりは近づける失うものがない

中学生だったことも積極的に行けた要因だったようです。

 

中学生の時にそういった決断ができるというのは

間宮祥太郎は中学生の時から頭もとてもいいようですね。

 

野球がなくなった穴を俳優への

活動することに情熱を向けたようですね。

 

(画像引用:https://matome.naver.jp/odai/2156387929845199401)

 

中学生のころから事務所に所属し役者として

数多くの作品に出演しているのには

野球に打ち込んでいた8年間もの情熱の

強さというのもあるのかもしれませんね。

 

間宮祥太郎についてのまとめでした。

最後まで読んでいただいてありがとうございます。

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