戸田恵子はアンパンマンの声をいつからやっている?

女優

今回は女優で声優としても活躍している

戸田恵子(とだけいこ)について

まとめてみたいと思います。

 

 

戸田恵子は女優としても

活躍する一方、声優としても活動し

アンパンマンの声としても有名ですね。

いつからアンパンマンの声優をやって

いるのかも気になりますね。

アンパンマンの声は何年?

1988年から放送を

開始したアンパンマン。

 

 

放映開始から2018年で

30周年を迎え、

現在では31年間も続いています。

当初から戸田恵子が声優を

演じているので

31年間丸々続けていることになります。

 

31年間、月曜日の朝10時から

毎週収録をしており、

これはアンパンマンが始まった

時から変わらないようです。

 

 

他にはバイキンマン役の中尾隆聖とは

収録するスタジオ内での座っている

位置も当初からずっと変わらず、

離れて座っているようで

 

 

これについて戸田恵子は

 

「私と中尾さんのスタジオでの

座る位置も毎週変わらず、

仲が悪いので離れて座るようにしています。

なるべくそばに寄らないように、

マイクもなるべく離れて(笑い)」

 

とコメントしています。

 

バイキンマン役の中尾隆聖への

軽口も信頼感があり長い付き合いが

あるのをうかがわせますね。

30年以上も変わらずに

続いている関係性が感じられるコメントでした。

 

戸田恵子は今年で62歳なので

人生の半分はアンパンマンを

演じていることになります。

これだけの長い期間、同じ役を演じ

続けているのは本当に驚きですね!!。

 

 

長く演じていることで

本人も年を重ねて

変わったことについては、

 

途中でアンパンマンの

台本の字が少し大きくなったそうです。

 

これは戸田恵子が指示したことではなく

スタッフの心遣いだったようです(笑)。

やはり加齢に伴い視力なども低下するため

その辺を踏まえた上の変化だったようです。

 

長く続いていることは喜ばしいことだけではなく

長く続いていることで仕方のないこともあり、

2013年には原作者のやなせたかしが逝去し、

2017年にドキンちゃん役の声優の鶴ひろみも

 

亡くなり、戸田恵子は

 

楽しいこともあれば、悲しいこともたくさんあった

 

と話しています。

 

 

作者のやなせたかしがなくなった際には

もう、アンパンマンをやれない

とまで思っていたようで、

 

「先生がお亡くなりになって、

どれだけ私は先生に守られていたのかと思った。

先生という、大きな傘の中に入っていたんです。

支えがなくなってしまったと思いました。

先生と共に歩んできたとも思っていたので同時に

もうやれない』とも思ってしまったんです」

 

そんな状態だった戸田恵子でしたが

子どもたちの姿を目にしてハッとしたそうです。

 

 

「13年の10月に先生が亡くなって、

14年のお正月に仙台のアンパンマン

こどもミュージアムに行って。

子どもたちが『アンパンマン!』と

応援している姿を見て、

 

彼らはなにがあっても

アンパンマンが大好きなんだと

直に感じた時に、

頭をガツンとやられた気がしました。

こっちが泣いてばかりいたって仕方ない。

 

“使命”として、

これからもやらなければいけないんだと思った。

先生が大きな傘だとしたら、

私たちはみんなで小さな傘を開いて、

それを重ねて大きな傘にしていきたい」と、

いまでは使命感を抱いている。

 

戸田恵子がここまでの使命感を

感じる裏側にはやなせたかしの

 

人が喜ぶことをしなさい

やれるのにやらないのはダメだ

 

という言葉が強く残っているようで

迷ったり、落ち込んだりした時には

やなせたかしの言葉を思い出して

自分にできることを精一杯しているようです。

 

 

「私は誰かに喜んでもらえる仕事を

しているんだなと改めて思うんです。

 

立ち止まってしまったり、

もういやだと思う時があったとしても、

それ以上に

いい作品を届けたい、喜んでもらいたい

という想いが勝る。

 

やっぱり“喜び”って、

ものすごいパワーがあるんですよね

 

アンパンマンは色々な思いが集まって

できている作品みたいですね。

長く愛されている理由がよくわかりますね。

 

 

元々はおっさん?!

せっかくなのでアンパンマンの

元になった物や作者のやなせたかし

についてもまとめてみたいと思います。

初代アンパンマン

「アンパンマン」は作者のやなせたかし

が1969年に10月1日に発行された

PHP誌に掲載された「十二の真珠」

という短編童話の中の一つの話でした。

 

 

この短編集のなかではアンパンマンは

小汚い恰好をした中年太りのおっさん

として描かれています。

 

 

絵を見てもわかる通り

普通のおじさんですね。

簡単にストーリーも

見ていきたいと思います。

 

貧困や戦争によって飢えに苦しむ子供たちに

アンパンを配ることで世界を平和にしようと

独裁国家や紛争地帯など関係なく

単身で乗り込んで活動していました。

 

 

それなのに世界中の人からは

戦う力を持たない

薄気味悪い男と蔑まれ、

救った子供たちからですらダサいとバカにされ、

アンパンをあげようとしても、

「ソフトクリームのほうがいい」

とか言われたり散々でありました。

 

それでも、焼きたての

「あんぱん」を地上に向けて

落として回るアンパンマン。

 

この行為はいつか報われ、

平和が訪れると自分に言い聞かせ、

雨の日も風の日もアンパンを落とし、

そして配り続けていたが・・・・

 

 

国境を越えたとたん、

未確認飛行物体と間違われ爆撃されて

しまうという衝撃の結末をむかえる。

 

誰にも知られることなく、

虚しく逝ってしまったという

残酷な物語で終止符を打つのでした。

 

アンパンマンの見た目だけでなく

内容もかなりショッキングな物だったようです。

これだけでは含まれているメッセージや

内容はわかりませんがこれが

現在のアンパンマンのルーツにも

なった物のようです。

 

初代アンパンマンは、

その後はこれでは売れないということになり

1976年にリニューアルされました。

 

 

新しくデザインされましたが

マントはつぎはぎだらけのボロボロで

以前の小汚いイメージは残っています。

 

 

アンパンマンのあとがきでは

その理由が垣間見れることが

書いてあります。

 

「子どもたちとおんなじに、

ぼくもスーパーマンや仮面ものが

大好きなのですが、

いつもふしぎにおもうのは、

大格闘しても着ているものが

破れないし汚れない、

だれのためにたたかっているのか、

よくわからないということです。

 

ほんとうの正義というものは、

けっしてかっこうのいいものではないし、

そして、そのためにかならず

自分も深く傷つくものです。

 

そしてそういう捨身、

献身の心なくしては

正義は行えませんし、

また、私たちが現在、

ほんとうに困っていることといえば

物価高や、公害、飢えということで、

正義の超人はそのためにこそ、

たたかわねばならないのです。

 

あんぱんまんは、

やけこげだらけのボロボロの、

こげ茶色のマントを着て、

ひっそりと、

はずかしそうに登場します。

 

自分を食べさせることによって、

飢える人を救います。

それでも顔は、

気楽そうに笑っているのです。

 

さて、こんな、

あんぱんまんを子どもたちは、

好きになってくれるでしょうか。

それとも、やはり、

テレビの人気者のほうがいいですか。

 

当時人気のあったヒーローの描かれ方に

対する疑問や、やなせたかしなりの哲学や

メッセージが込められていたようです。

 

 

次は込められたメッセージの

内容についてしっかりと

みていきたいと思います。

 

 

やなせたかし氏の

「アンパンマンの遺書」では、

そのメッセージの意味する所が

はっきりと記されています。

 

アンパンマンのテーマソングは

ぼくの作詞だが、

幼児アニメーションの

テーマソングとしては

重い問いかけになっている。

 

ぼくはお子様ランチや、

子供だましの甘さを嫌った。

 

なんのために生まれて

何をして生きるのか

わからないまま終わる

そんなのは いやだ!

 

何をしていきるのか、

自分に問いかける時が来た。

 

とても重く強いメッセージですが

だからこそ今も変わらずにみんなに

愛されているのかもしれませんね。

 

 

戸田恵子はこの思いを背負って

アンパンマンを続けているようですね。

とても意義のあることですし、

使命感を持っているというのも頷けます!!。

戸田恵子はアンパンマンの声以外の声優役は何をやっている?
今回は女優の戸田恵子について書いていきたいと思います。

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