ローランドの高校時代はサッカー部でレギュラーだった!高校時代の画像アリ!

モデル

ナンバー1ホストとして歌舞伎町の帝王のローランド。

カリスマホストとして現在はホストクラブや脱毛サロン

を経営しており経営者としての手腕を発揮する一方で

巧みなトーク力と派手目な風貌でメディアにも

引っ張りだこの話題の人物です!!。

ローランドは高校時代まではサッカー一筋で

一時はプロサッカー選手を目指していたそうです。

そこで今回は、ローランドの高校時代である

サッカーに情熱を注いでいた頃のエピソードや

当時の画像なども交え、ローランド学生時代に

ついて迫りたいと思います。

 

ローランドの高校時代

 

(画像引用:https://www.minkou.jp/hischool/school/2732/)

 

ローランドの出身高校は帝京高等学校です。

帝京高校へはサッカーのスポーツ推薦で入学し、

高校時代は文字通りサッカー一筋の生活を送っています。

 

(画像引用:https://tabitabi30.com/roland/)

 

帝京高校と言えばサッカーの強豪としても有名で

プロサッカー選手を50人近くも輩出しています。

元々、柏レイソル青梅Jr.ユース(現AZ東京青梅86)に

所属していたローランドが、帝京高校サッカー部に

所属して将来はプロを目指していたようです。

 

どうやら中学までは柏レイソルのクラブに所属して

高校からはサッカーの強豪校に所属して3年間汗を

流していたそうで、今のローランドからは

微塵も想像もできませんね。

 

選手としてはストライカーだったそうで

サッカーのことを365日、

「どうやったらうまくなれるか?」

「どうやったらいいプレイができるかな?」

と毎日、考えていたようです。

 

スポーツだけではなく勉強も

よくできたそうで成績も良く、

運動神経抜群で文武両道のローランドでしたが

高校時代は全くモテなかったようで

ホストになるまでは女性経験は

一度もなかったようです。

その理由にはすべてをサッカーに注ぎたいという

強い思いがあったからで、勉強も恋愛も

サッカーに関わること以外は全て

無駄だと考えていたからのようです。

 

当時、学校はローランドにとっては

サッカーをする場所で勉強は”悪だ”と

まで考え、極端な考えを持っていたそうで

勉強に何の意味があるんだろう?

サッカーをずっとやっていたい!」と

思っていたようです。

 

ローランドは高校時代は勉強や恋愛全てを

犠牲にし、持てる力をを全てサッカーに

注ぎ込んでいました。

 

なんでもローランドの性格は

コレっ!と思うと、とことん突き詰めていく性格

のようで、ローランド本人も自分の性格を、

熱しにく冷めにくいと語っています。

 

そのため当時はサッカーでプロになることが

目標だったのでサッカーに心血を注いでいました。

 

サッカーをやっている時の気持ちは、

「俺にできないわけないでしょ!」と

常に強気で、負けた時には卑屈になることなく

「この俺に勝つんだから相手超スゲーじゃん!」と

超ポジティブ思考で物事を捉えていたようです。

 

前向きな性格は当時からあったようですね。

ローランドは高校時代は体育会系で

サッカーに打ち込んでいました。

 

ローランドと言えば名言(迷言?)でも有名で男性の

ファンも多いですが、個性的な発言には体育会系の

コミュニケーションの中で培われた部分も多く、

そういった所が女性だけではなく

男性も引き付ける魅力になっています。

男性ウケがいいのは体育会系の中で仲間と必死に

努力してきた経緯があったからのようですね!!。

ローランド高校時代の画像

高校時代のローランドの卒業アルバムと

サーカー部のユニフォーム姿の写真はこちらです。

 

(画像引用:https://resumedia.jp/22820.html)

 

今のような華やかさは微塵も感じられませんね。

同一人物とは思えないでしょうが、

サッカーをプレイするのには華やかさは

必要ありませんから、写真からも一切の

無駄のないストイックな雰囲気が伝わってきます。

 

プレイヤ―としてもゴリゴリの泥臭い

タイプでテクニカルな華やかさみたいなものは

一切なく”ただ点を決めるためだけにいる”

という感じだったようで、帝京高校の監督からも

「お前は本当にへたくそだな」と言われていたため

上手い選手が本当にうらやましかったそうです。

 

(画像引用:https://mykneecap.com/2019/06/22/roland_hosuto_honnmyou/)

 

帝京高校へは特待生として入学し、

全国大会への出場経験もあるという噂の

ローランドですがレギュラーだった

という確かな情報はないようです。

ですが画像を見る限りユニフォームを

着ていますし、自身のブログにも

高校時代のユニフォームをアップしている

ことからもレギュラーであった可能性は高いですね。

 

こちらが3年間の汗が染み込んだユニフォームです。

 

 

 

 

寄せ書きの文量からもチームメイトとの

仲の良さが伝わってきますね!!。

チームではムードメーカー的な立ち

位置だったのかもしれないですね。

 

ちなみに、ローランドの本名は松尾風雅というらしく

チームメイトからは名字と名前を一文字取った『松風』

や、そのまま名前の『風雅』と呼ばれていたことが

ユニフォームからわかっています。

 

ユニフォームは今でも大事にしているらしく

東京グラフティのインタビュー記事の中では、

 

『俺がサッカーで学んだこと』

帝京高校サッカー部時代の思い出。

Jリーガーになれなかったからホストになった。

あの頃学んだことを歌舞伎町でも忘れちゃいけないと思ってます。

引用:https://tokyograffiti.grfft.jp/contents/?id=122

 

今でも大事にしている思い出が

詰まった品のようですね!!。

サッカー挫折

サッカーに全力投球していたローランドでしたが

都大会の選手権の決勝戦で敗退し引退となった時に

プロには成れないことを悟り挫折じてしています・・・。

 

当時の気持ちをインタビューで語っており、

人生を生きてきてあれ以上の挫折はない

とまで語っています。

 

これ以上ないくらい努力してきて

これで成れなかったら人生3回4回努力しても

絶対になれなってぐらい本当に(努力したので)

引用:https://www.youtube.com/watch?v=bERPaMCjWes

 

その時はすがすがしい気持ちと悔しさとが

入り混じった説明できない、

すごく複雑な気持ちだったようです。

 

そこで改めてプロには成れないことを肌で実感します。

 

実は高校1、2年の時から薄々はプロには成れない

と感じてはいたローランドでしたが、

その時に改めて目標が叶わないことを実感し、

人生最大の挫折を経験します。

 

この時の挫折をローランドは

「二度と味わいたくない屈辱」

とまで言っています。

 

それもそのはずでローランドがサッカーを

始めたのは幼稚園に入るよりも前からで24時間

全てをサッカーに捧げていたので、

それが報われないと感じた瞬間から

逆恨みのような裏切られた気持ちに

なったらしく「なんで俺こんなけやったのに」と

いう気持ちになって、その時ばかりは大好きな

サッカーが一瞬で大嫌いになってしまい

テレビで同世代の選手が活躍していたり

少しでも目に入ると消したりもしていたようで、

とても卑屈になっていた時期だったそうです。

 

高校を卒業してからは大学へ進学しますが

サッカー選手になるという夢が破れた後で、

自分の人生にとても迷っていたようです。

 

「(大学の)入学式初日のときに、

人生の先が見えちゃったんです。

よく人って、

『先の見えない人生は怖い』って

言うじゃないですか。

 

でも、そのとき知ったのは

『先は見えたほうがもっと怖いな』って。

 

『それ以上上にいけない、これ以上行けない』と

知ったときに、すごく僕は恐怖を覚えて…」

引用:https://sirabee.com/2019/02/21/20162012582/

 

そして入学式の翌日には大学を止めてしまいます。

 

退学届には「ナンバー.1のホストになりたいので、大学を辞めます。」と

書き、大学を辞めた帰りに教科書代に使うはずだった10万円でスーツを買い、

新宿アルタ前に行って最初に声をかけてきた店に入ってホストになります。

 

当時は、

「俺、顔で食っていけるタイプだわ。」

という確信があったそうです。

 

しかし、大学を勝手に退学したことが、

家族にもばれてしまいホストになると言い出したことで

父親からは大反対された結果、勘当されてしまいます。

 

しかし、1年後には月に100万円を

稼げるようになりホストとして成功し

実家に謝りにいった所、父親は

「よく戻ってきた」とポルシェの

カイエンをプレゼントしてくれたそうです。

 

ローランドもローランドですが

父親も父親のようですね(笑)。

 

悔しさが原動力とも語っており

ホストとして成功できたのはサッカーでの

挫折があったからだとも、

プロになれなかった時にはやってきたことが

全て無駄だったとも思っていたローランドでしたが

ホストとして成功したことで周囲からも認められ

自尊心もすごく取り戻し、自分のことも好きになり

その時に「やっぱり俺サッカー好きだなぁ」

と思ったようで、どこかでサッカーまたやりたいなぁ

と考えるようにもなったり、サッカーをしている夢を見たり

して自分サッカー好きなんだなと思ったようです。

 

「好きなことに背を向けてたりとか

好きなことに卑屈になる人生って

イヤじゃないですか好きな物は

好きでいたいなって思い直して」

引用:https://www.youtube.com/watch?v=bERPaMCjWes

 

そういった所から自分のことを

認めてあげられるようになった

ローランドは試しにサッカーの試合を

どういう気持ちになるんだろう?と思って

観てみると、やっぱりとても面白くて

一度は嫌いになった大好きなサッカーを

諦めずにホストで頑張って心から

よかったと語っています。

サッカー現在は?

ホストとして成功したことで

大好きなサッカーの仕事との関わりもあるようです。

 

サッカーに関することでインタビューを受けたり

サッカーの試合の解説も副音声でするなどしています。

 

こちらは自身のインスタですが

ロナウジーニョともフットサルをしています。

 

 

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小学生の時にはとても憧れていた選手で

ロナウジーニョのプレイを真似していた

りしたり崇拝していたとまで語っていた

選手と一緒にプレイしてます。

 

崇拝していたロナウジーニョとプレイできる

なんてローランドの成功を物語っていますね。

 

他にもセレッソ大阪の公認セレ男になるなど

夢にまで見たJリーグのピッチにも立つことが出来ています。

 

(画像引用:https://www.nikkansports.com/soccer/news/202002220000523.html)

 

その時の事は、

「夢って諦めなければ、形は多少変わってもやっぱりちゃんと

叶うんだなってってことを自分自身でも証明できた瞬間」

だと語っています。

 

サッカー選手にはなれませんでしたが

ホストとして頑張って努力したことで

今でも大好きなサッカーに関わることが出来る

ローランドはとても幸せのようですね。

 

ちなみにローランドにとってサッカーは

必要不可欠らしく自分にとってサッカーの無い人生は

”エッフェル塔の無いパリ”と言っています。

 

物心ついたころからサッカーに身を捧げ

一時は嫌いになってしまうまでなってしまいましたが

今ではまた大好きなサッカーに関わりとても充実しています。

ローランドのサッカーに関するまとめでした。

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